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大阪高等裁判所 昭和59年(く)133号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨およびその理由は、申立人作成の昭和五九年一一月二二日付「抗議書」と題する書面記載のとおりであり、要するに、申立人の付審判請求を棄却した原決定は、事実の認定および法令の適用を誤つたものであるから、その取消を求めるというものと解される。

よつて検討するに、一件記録によると、申立人は昭和五九年二月二四日、神戸地方検察庁伊丹支部検察官に対し、兵庫県宝塚警察署長西嶋仁郎につき、刑法一九三条所定の公務員職権濫用の事実があるとして同人を告訴したもので、その告訴にかかる犯罪事実の要旨は、「西嶋仁郎は兵庫県宝塚警察署長であるところ、かねて申立人が昭和五七年一一月二四日から同五九年一月九日までの間に六回にわたり、同警察署の警察官らに対し、林茂博の申立人に対する傷害の事実について口頭あるいは告訴状により告訴したのにかかわらず、同署長は職権を濫用して部下の警察官らをして告訴の受理を不当に拒否させ、申立人の行うべき権利を妨害したものである。」というものであつたこと、検察官は、右告訴事件について捜査したうえ、同五九年六月六日、嫌疑なしとして不起訴処分をし、申立人はこれに対し、同年六月一三日、付審判の請求をしたが、原裁判所は、西嶋が申立人の告訴申立を受理せずとした処分はその職務上正当な行為であつて、何ら違法、不当の廉はなく、公務員職権濫用罪の嫌疑がないから、これを不起訴とした検察官の措置は相当である旨の理由により、申立人の付審判請求を棄却する原決定をしたことが明らかである。そして、一件記録によると、申立人は、昭和五六年二月一八日朝、自宅近くの阪急バス停留所からバスに乗り、宝塚市内の阪急電車逆瀬川駅前のバス停留所で下車した際、路上にあつた石の上に左足が乗つたため、よろめいて左足を挫き、左足第五中足骨骨折の傷害を負つたのであるが、申立人としては、当時申立人の勤務していた株式会社ダイエー西宮店レディス課の課長代行であつた林茂博が、その他の者と共謀して、申立人に傷害を負わせるため、バスの降車口に置石をしたものであるとして、同五八年一〇月一七日ころから同五九年一月九日ころまでの間、四回にわたり、宝塚警察署所属の司法警察員らに対し口頭で林茂博の取調と処罰を求める申立をしたこと、しかしながら、右司法警察員らは、その申立の内容、供述態度のほか、林茂博に対する警察官の事情聴取の結果をも総合して、右申立は極めて不自然、不合理で刑事事件として立件することができないとして告訴受理の手続をとらず、同年一月九日ころ、当時宝塚警察署長であつた西嶋は、同署の司法警察員岩田敬祐に対し、申立人の申立は告訴として受理せず、警務課の公聴事案として処理するよう指示し、結局申立人の申立は傷害事件の告訴としては受理されなかつたことが認められる。

そして、刑事訴訟法二三〇条は、犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる旨を定めているけれども、告訴権は犯罪捜査の端緒として認められていることから考えて、その申立の内容その他の資料から判断して、申立にかかる犯罪が成立しないことが明らかであるような場合には、申立を受けた検察官あるいは司法警察員において、告訴として受理することを拒むことができると解するのが相当である。本件については、申立人の四回にわたる司法警察員らに対する申立の内容は前示のとおりであり、更に、一件記録によると、申立人は、「当日バスに乗車中、バスの中を降車口の方から乗車口の方へ向つて移動した不審な女性客数人があり、林茂博はこれらの客や、当該バスの運転手などと共謀して、停留所の降り口の路上に五、六センチ大の石を置いたと思われ、林は、後日申立人に対し、事実を認めた。」とも申述べていることが認められるけれども、会社の上司である林が、申立人に傷害を負わせるため共謀して、右のような異様な行動をしたということ自体不自然、不合理であるほか、一件記録によると、林は、申立人の負傷後一年余り経過した昭和五七年三、四月ころから、すでに別の店舗へ転勤していた林の自宅へ深夜頻繁に電話をかけて、「石を置いたのではないか。」と言い、それが一日三、四回から多いときは一〇回以上に及び、林は初めは応待していたが、困惑して、同年六月ころ、「僕が暴言を発して悪かつたから、謝る。」との旨言つたことがあるだけであること、申立人の司法警察員らに対する供述態度は一方的で信頼性が認められなかつたことなどが認められ、これらの点を総合すると、申立にかかる犯罪が成立しないことが明らかな場合であるということができ、これを告訴として受理しないように指示した西嶋署長の措置が職権濫用に当たるとはいえない。

してみると、これと同旨の判断のもとに、申立人の同署長に対する付審判の請求を棄却した原決定は正当であつて所論は理由がなく、以上のほか一件記録を調査しても、原決定に違法または不当の点はないから、刑事訴訟法四二六条一項後段により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(尾鼻輝次 木村幸男 加藤光康)

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